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鹿児島地方裁判所 昭和34年(レ)41号 判決 1960年9月15日

控訴人 稲清時

被控訴人 宇都市蔵

主文

本件控訴はこれを棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地につき鹿児島地方法務局天城出張所昭和三二年四月一日受付第二八五号をもつてなされた同年一月一〇日売買による所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。

控訴代理人は、その請求原因として、

「一、控訴人は、昭和一四年四月二五日別紙目録記載の土地を訴外長野正秀の先代長野松仙から代金四一〇円で買受けてその所有権を取得した。

二、かりに右主張が理由がないとしても、控訴人は本件土地が右松仙に対する村税(地租附加税)滞納処分により昭和二二年三月七日公売された際これを競落してその所有権を取得し、その旨の登記も経由している。

三、ところが、その後、右土地は、昭和二六年九月二二日更に控訴人に対する村税滞納処分により公売に附され、訴外長野松仙が競落し、その旨所有権移転登記を経由し、被控訴人は昭和三二年一月一〇日右松仙の相続人訴外長野正秀よりこれを買受け、鹿児島地方法務局天城出張所同年四月一日受付第二八五号をもつてその旨所有権移転登記を経由したことになつている。

四、しかしながら、訴外松仙は昭和一七年一二月一九日死亡しており、昭和二六年九月二二日の本件土地の公売処分当時同訴外人はすでに死者であつたから私権を享有することはできず、右公売の際同訴外人が本件土地を競落しその所有権を取得することはあり得ないから、右競落は無効なものである。従つて同訴外人が所有権を取得していない以上訴外正秀においてこれを相続することはあり得ないし、従つてまた被控訴人が右訴外正秀との間の売買により本件土地の所有権を取得することもあり得ないので被控訴人の本件所有権移転登記は実質的な権利移転の伴わないものであるから抹消さるべきである。

五、よつて被控訴人の右所有権移転登記の抹消登記手続を求める。」と述べ、

被控訴人の抗弁事実中、昭和二六年九月二二日の公売処分において訴外長野正秀が競落したこと、および四の事実を否認し、三の抗弁に対し、訴外長野正秀、被控訴人共に控訴人が訴外松仙から本件土地を買受けて所有権を取得している事情を知りながらこれを売買したものであるから右売買は信義則に反し無効である、と附陳した。

被控訴代理人は答弁として「控訴人主張の請求原因事実中第一項は不知、第二、三項は認める。第四項中訴外長野松仙が控訴人主張の日死亡したことはこれを認めるが、その余の点は否認する。訴外長野松仙の相続人訴外長野正秀は昭和二六年九月二二日の本件土地の公売処分当時内地に居住し、当時人島郡が米軍政下にあり、内地との交通が不自由のため連絡困難で右公売処分による競落取得が出来ない事情にあつたため、便宜上やむなく死亡当時まで人島郡に居住していた右訴外松仙の名義でこれを競落したものであるから右競落は有効である。」と述べ、

抗弁として

「一、本件土地は訴外長野正秀の所有名義となつた後、被控訴人が同訴外人から買受けて所有権移転登記をなしているのであるから、本件土地の被控訴人の右所有権移転登記の抹消登記は被控訴人と右訴外人とが共に申請するか、または右両名に対して登記抹消を命ずる旨の判決によつて右両名の所有名義を同時に抹消するのでなければできないものである。したがつて本訴は民事訴訟法第六二条にいわゆる必要的共同訴訟の性質を有し、右訴外人をも共同被告とすべきものであるところ、被控訴人のみに対して提起された本訴請求は不適法である。

二、かりに控訴人がその主張のように訴外長野松仙から本件土地を買受けて所有権を取得したとしても、昭和二二年三月七日の公売処分により控訴人が本件土地を競落取得し、更に昭和二六年九月二二日の公売処分により訴外長野松仙名義で訴外長野正秀がこれを競落取得したものであるところ、公売処分による競落取得は原始取得であるから公売物件である本件土地に対する右各公売前の所有者の権利および前記売買に基く控訴人の権利はすべて消滅した。

三、かりに控訴人が松仙から本件土地を買受けその所有権を取得しているとしても、控訴人は未だその旨の登記を経ていないが、被控訴人は本件土地を松仙の相続人訴外正秀から昭和三二年一月一〇日買受けてその所有権を取得し、すでに同年四月一日その旨の所有権移転登記を経由したのであるから控訴人は第三者である被控訴人にはその所有権取得をもつて対抗できず、したがつて被控訴人の右所有権移転登記の抹消登記手続を請求する権利はない。

四、なお、被控訴人はすでに本件土地を昭和三三年五月二六日訴外若松実に売却し、同訴外人は同年七月二三日鹿児島地方法務局天城出張所受付第二八四号をもつて所有権移転登記を経由したので控訴人の本訴請求には応じられない。

五、右いずれの点からするも結局控訴人の本訴請求は理由がないので棄却さるべきである。」と述べた。

立証として、被控訴代理人において乙第四号証を提出し、控訴代理人において同号証の成立を認めたほか、証拠の提出、認否、援用関係はこの点に関する原判決の摘示と同一であるのでこれを引用する。

理由

まず、本訴が必要的共同訴訟であるとの本案前の抗弁について考えるに、不動産物権が数人を転輾した場合、その物権変動の効力を否定して右各移転登記の抹消を求める訴は、訴訟の目的が共同訴訟人の全員につき合一にのみ確定すべき場合すなわち必要的共同訴訟に当らず(最高裁第二小法廷昭和二九年九月一七日判決参照)、したがつて右移転登記の登記権利者全員を共同被告とする必要はないから、これと異る見解に出る被控訴人の主張は当裁判所の採用しないところであるので本抗弁は理由がない。

二、よつて本案について考えるに、原審証人長野正秀、同福実義、同福宝吉の各証言を綜合すると、昭和一四年四月二五日控訴人が訴外松仙より同人所有の本件土地を代金四一〇円で買受ける旨の契約が締結されたことが認められる。しかして特段の事情の認められない本件においては控訴人は右売買契約の締結により少くとも当事者間においては本件土地の所有権を取得していたものといわなければならない。

三、しかるに、その後、右所有権移転登記未済のままであつたところ、訴外松仙に対する村税(地租附加税)滞納処分により、昭和二二年三月七日右土地が公売に附されて控訴人がこれを競落しその所有権を取得したこと、右公売が有効であることおよびその旨の登記手続が履践されていることは当事者間に争がない。

ところで、被控訴人は公売処分による競落取得は原始取得であるから、控訴人が右公売処分により本件土地の所有権を取得したことによつて訴外松仙の本件土地所有権および前記売買に基く控訴人の権利は全部消滅するに至つたと主張するのでこの点につき判断するに、公売処分による競落取得はいわゆる承継取得であると解すべきところ、前記認定のように本件土地の所有権はすでに当事者間では控訴人に移転していたものであるので、訴外松仙は単に第三者に対して効力を有するいわゆる関係的所有権のみを有していたものであるから、前記昭和二二年三月七日の公売においては同訴外人の右関係的所有権のみが公売に附されたものというべく、控訴人はこれを競落したことによつて第三者にも対抗し得る完全な所有権を取得したものというべきである。よつて被控訴人の本抗弁は理由がない。

四、しかして、その後、本件土地が控訴人に対する村税滞納処分により公売に附され、昭和二六年九月二二日訴外長野松仙が再びその所有権を取得した旨の登記が存すること、被控訴人が松仙の相続人たる訴外長野正秀より昭和三二年一月一〇日の売買により右土地の所有権を取得した旨の所有権移転登記が鹿児島地方法務局天城出張所同年四月一日受付第二八五号をもつてなされていることおよび訴外松仙が昭和一七年一二月一九日死亡し、したがつて右公売処分がその死後であることは当事者間に争がない。

控訴人は右昭和二六年九月二二日の公売処分は右のように死者に対してなされ、死者は私権を享有し得ないから、該公売処分は無効である、と主張するのでこの点につき判断するに、死者が私権を享有することができないことは控訴人主張のとおりであるが、死者が公売に参加する筈はないから、本件の場合は結局当時生存者が右死者の名義を使用して公売に参加したものであることが明らかであり、問題はかかる公売が有効か否かに在るところ、成立に争のない甲第七号証の一、二および乙第四号証ならびに原審証人長野正秀の証言を各綜合すると、本件土地はいずれも明治四〇年代より訴外松仙名義で登記されていたこと、訴外正秀は先代松仙の一人息子であり、右松仙の死亡により家督相続し、その権利義務を承継したこと、本件土地につき昭和三二年四月一日付をもつて訴外正秀が昭和一七年一二月一九日家督相続により所有権を取得した旨の登記がなされていること、右訴外正秀は昭和二六年の本件公売処分当時は鹿児島県姶良郡姶良町に居住していたことおよび控訴人は現在まで相当長時間に亘つて本件土地問題につき右訴外人と種々交渉してきたことなどの事実を認めることができるのであつて、以上認定の事実に当時公売の行われた大島郡天城村は未だ米占領軍政下に在り、日本との交通が困難であつたという当裁判所に顕著な事実を綜合して考察すれば、特段の事情の認められない本件においては、右訴外正秀は昭和二六年九月二二日本件土地が公売に附せられるや、現地に在住する者に依頼し、従前同土地が先代松仙名義で登記されていた関係もあつて、便宜右松仙の名義を用いて公売に参加し、これを競落したものと推定することができるところであり、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、公売は租税滞納処分の一段階で、収税官吏が換価財産を買受希望者の自由競争に付し、その結果形成される最高価額により売却価額および買受人となるべき者を決定する手続であるが、その目的とするところは単にこれを換価してその対価をもつて租税債権の満足を得るに在るから、特に何等かの弊害を伴わない限り、売渡を受ける相手方が何人であるかは原則として問う必要はなく、したがつて公正に換価されることが保障される限り他人名義(それが死者または仮空の人物であると否とを問わない)を使用したとの一事をもつて直ちにこれを無効とすべき理由はなく(この点は旧国税徴収法第二六条ならびに新同法第一〇八条の趣旨にも窺われる)、右競落は訴外正秀の競落として有効なものと解すべきである。

五、そうだとすれば、昭和二二年三月七日の公売処分により取得した控訴人の本件土地所有権は、訴外正秀が昭和二六年九月二二日の前記村税滞納のための公売処分によりこれを取得したことによつて消滅したものというべきである。

六、以上のように控訴人が訴外松仙との売買契約および昭和二二年三月七日の公売処分による本件土地所有権の取得を前提とする被控訴人に対する本訴請求は爾余の争点につき判断するまでもなく理由がない。よつて結論においてこれと同趣旨に出でた原判決は正当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を流用し、主文のとおり判決する。

(裁判官 池畑祐治 梅津長谷雄 池田久次)

目録

大島郡天城村松原字大城二、七二七番の一

一、山林 二反歩

同所 字中間二、〇一二番地

一、原野 一二歩

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